ここまでしときながら


ここまでしときながら

 風呂から上がり、いつも参加しているチャット開こうとパソコンを立ち上げる。
 立ち上がるまでのほんの数秒、一瞬光が視界の端に入り込んできた。見間違いかと思いつつもそちらを振り向くと、普段はあまり使っていないはずの携帯電話がメールの着信を告げている。
――誰からだろう。仕事だったら新羅から伝わるはずだよね。
 あったら便利だからと一応持ってはいるが、自分の存在の特異性からアドレスを知る人はごくわずかだ。そのごくわずかな知り合いたちも、基本的にメールを送ってくることはない。
――もしかして、よっぽどの用事でもあるのか。
 そうだったらめんどうだな。と思いながら携帯電話を操作する。
 数秒もかからないうちにメール画面が開かれる。そこに表示されていた送り主は思いも寄らない人物だった。
――帝人?


02/13 20:38
From 竜ヶ峰帝人
件名 いきなりすみません

申し訳ないんですけど、
伝言をお願いできないでしょうか。
明日14日、午後―――


 予想外の内容だ。まさか伝言を頼まれるとは思わなかった。
 この最低限の用件だけのメールでも、画面を前にして百面相をしているのだろう。そんな帝人が浮かび、なんだか微笑ましい。
――これぐらいならいくらでもやってやろう。
 時間を確認するともう22時を過ぎていた。明日にするべきかとも思ったが、早いうちに伝える方がいいし、向こうも問題はないだろうと支度をする。
「あれ、セルティ出かけるのかい?」
『ちょっと頼まれごとをされてな』
 玄関に向かうと、風呂から上がったところなのかまだ少し髪を濡らした新羅とすれ違った。気をつけていってきなよ、と手を振ってくる新羅に軽く手を振り返し、家から出る。
――そういえば、帝人はあいつの連絡先知ってるはずじゃないのか?
エレベーターの中で思ったのはそんなことだった。

+ + +

 やばいやばいやばい!もうこんな時間だ!
 竜ヶ峰帝人は全速力で池袋の街を走っていた。
 今日は休日でバレンタインデーということもあり、人ごみは予想していた。思ったとおり街中は人で溢れている。しかし、本当に厄介だったのは人ごみではなかった。
 家をでて少ししたところで折原臨也に絡まれたのだ。
 いつもなら軽くあしらえば比較的楽に離してくれるのに、今日はなかなか開放してくれなかった。
 おかげで十二分に余裕をもって家を出たはずなのに、時計が示す時間は相手を呼び出した時間を30分も過ぎている。
 まさかこれを狙っていたんじゃないだろうな、と思ってしまってもしかたがないだろう。
 人の間をすり抜けてはいるが、たまにぶつかりそうだ(実際数回ぶつかった)。
 ようやく目的地は見えてきた。だが30分も過ぎているとなると、相手がいるかどうか怪しい。
 いてくれたらいいんだけど・・・。
 きょろきょろと目的の人物を探す。少し進むと人ごみが割れている場所があることに気付いた。
 もしかして!そう思い人ごみを掻き分け近づいていく。その中心には目的の人物が――
「平和島さん!」
 見つけると同時に叫んでいた。

+ + +

 昨晩いきなりセルティが俺んとこに来て『明日1時に池袋公園に行け。伝言を頼まれた』とだけ伝えてきた。俺をわざわざ呼ぶ奴なんているはずもねぇが、セルティが伝えるということは確かなもんだろう。
 そのため面倒くさいが仕方なく来た。が、相手がまったく来ない。待ち合わせの時間は30分も過ぎている。
 何度か帰ろうかとも思ったが、一発は殴らないと気がすまない。
 人を呼び出しておいて連絡もなしに送れるとはいい度胸じゃねえか。来たら問答無用でぶん殴ってやる。イライラしながら相手を待っていると、その空気を感じ取ったのか俺の周りには全くといっていいほど人がいなかった。
 なかなか現れない相手にそろそろぶちぎれそうになったとき、
「平和島さん!」
俺を呼ぶ声が聞こえた。その直後に人ごみの中から現れた目の前ぜぇぜぇと息を切らしている・・・竜ヶ峰、だったか。
「おい、大丈夫か」
 その息の切れ方が尋常じゃなくて、つい声をかける。大丈夫です・・・とはいっているが、どうみても大丈夫ではなさそうだ。
 落ち着くまで待ってやると、「遅れてすみません」とつぶやく声が聞こえた。
「もしかしてセルティに伝言頼んだの、お前か?」
「はい。そうなんですけど・・・ちょっと色々ありまして・・・」
 しゅんとしている姿を見るとドクン、と心臓が大きく動いた気がした。よくわかんねぇけど、気がしただけで気のせいだろう、きっと。竜ヶ峰の頭にポンと手を置いて「気にすんな」と声をかけてやる。
「待っててくださってありがとうございます。」
 そういいながらまゆを下げてふにゃっと笑う顔がかわいく見えた。そのせいか無性に撫でたくなって髪をわしゃわしゃ撫で繰り回してみる。
 頭を撫でられるのが恥ずかしいのか顔を赤らめわたわたしている姿はまるで小動物のようだ。意外と髪やわらけぇな。そうこうしているうちになんだか楽しくなってきて頬が緩む。
「で、俺になんか用でもあんのか」
「あ、あの、これ、よかったら召し上がってください!」
 それじゃあこれで!と顔を真っ赤にして逃げるように駆け出していった背を見送る。結局用事はなんだったんだ・・・?押し付けるように渡していった紙袋を覗くと、中にはご丁寧に包装された箱が入っていた。
「なんだ?これ」
 リボンをほどき、包装紙を剥がすと中からでてきたのはトリュフだった。しかも手作り。
 何故あいつが俺に、と思わなくもなかったが興味本位でひとつつまんでみた。
「あ、これうめぇな」
 気に入ったため、家に帰ってからゆっくり食べようと紙袋にしまいなおそうとした。するとパサリと軽いものが落ちる音。紙袋から何か落ちたようだ。
 落ちたものを確認するとメッセージカードのようだった。紙袋を俺に渡してきたってことは、このメッセージカードも俺宛か?とメッセージカードを拾い上げ、覗いてみる。
 メッセージを見ると同時に心臓の高鳴りを感じ、その場にしゃがみこむ。落ち着け落ち着け落ち着け!だんだん顔が赤くなるのを感じながらこれからのことについて思考をめぐらす。
 まさかこの年になってこんな経験をするとは思わなかった。言葉とは裏腹に自然と顔に笑みが浮かぶ。
「くそっ、覚悟しとけよ・・・!」
 メッセージカードにはたった一言だけ書かれていた。

(俺から逃げられると思うなよ!)


『なあ、新羅。娘を嫁に出す父親ってこんな気持ちなのかなあ』
「どうしたの、セルティ!?」

新羅とセルティ書けた。満足。
バレンタインにかこつけた感じの静帝でした。青春してるだけ!
このあと静雄さんは新羅の家に押しかけて帝人の住所とか聞いていきます。
10/02/14