「今回、竜ヶ峰さんは羽島さんの推薦で参加することになったそうですが、真相はどうなんですか」
「本当です」
「お二人はどういった関係なんですか」
「このドラマを通じて初めて知り合いました。ですが、竜ヶ峰さんは昔から憬れの存在で、僕がこの世界に入ったきっかけです」
ざわわ
「おいっ帝人!あれはどういうことだよ!」
「僕が聞きたいよ!」
これはチャンスだ。
そう思ったら、何がなんでもつかみとらなければいけない。運も実力の内なんていうけれど、いくら運がよくても、その契機をむざむざ逃してしまってはこの業界ではやっていけないのだ。
平和島幽――世間一般に知られている名を挙げるならば、羽島幽平――は、契機を確実に見極め最大限利用する能力において類稀なる人間だった。デビュー作の『吸血忍者カーミラ才蔵』も、公開前はB級映画として数多くの映画の中に埋もれるはずだったが、羽島幽平の容姿、新人ながらに舌を巻くほどの演技力、そしてスタントマン顔負けのアクションのおかげで大ヒットを収めたのである。
数々の作品に出演し、今では知らない人の方が少ないだろうといわれるまでの売れっ子俳優になった幽が見出だした契機とは、決して己の名声を高めるためのものではなかった。
「吸血鬼、ですか」
羽島幽平の名が有名になるにつれ、オーディションなしに主演に抜擢されることは増えた。最近では全く珍しくもないが、ひとつ、いつもと異なるのは事務所を通じてではなく、監督が直接頼み込みにきたことだ。
見るからに駆け出しといった風貌の監督は、噂では作品へ惜しみ無く情熱を捧げるタイプのようで、できることは例え小間使いのようなことでも自分でやるらしい。自分の権力を笠にきて威張りちらすような人に比べてよっぽど好感がもてる。
「君のデビュー作をみて、君しかいないと思った。人間離れした容姿、ミステリアスで妖艶な雰囲気、まさに君のために存在する役だ!」
監督の説明によると、この作品のメインは吸血鬼の男女のラブストーリーらしい。愛を信じられない男と、そんな男を愛する女の話。存在しなかったはずの愛が生まれるまでが男の視点で進められる。
「この相手役は聖辺ルリにお願いするつもりだ。彼女も人間離れした空気を纏っているし、容姿も君と遜色ない。まさに人外カップルに相応しい!」
熱弁をする監督の中ではもう主演が決まった状態で話が進んでいるのだろう。不謹慎にも、もし出演を断られたらどうするつもりなのだろうと考えてしまった。
しかしどんな作品であれ作り上げる熱意があるものは素晴らしい作品になることを知っているため、このドラマは成功を収めるのだろうと勝手に納得していた。
ところが、先程までの勢いはどこへいってしまったのか、しょぼくれながら肩を落としていうことには、これだけじゃだめだという。
「羽島さんと聖辺さんの演じるメインキャスト。これは私の考えうる最高のキャスティングだ、君達が協力してくれれば間違いなく落ち込んだドラマ業界に嵐を運んでくれるだろう。でもね、それだけじゃ足りないんだ。カレーにおけるリンゴやコーヒーのような隠し味が見つからない。なくてもいいのかもしれない、入ってることに気付かないかもしれない、それでもそこにあることで何倍もの魅力を引き出す、そんな隠し味が私は欲しいんだ。」
幻想を見つめるように、宙を見つめる瞳には渇望と共に諦めがとれた。こんなにも作品に情熱を傾ける監督の影響を受けたのか、監督の語る隠し味に興味を引かれたのかは分からないが、とにかく知りたいと願った。
「それは、どんな役なんですか」
こんなにも沈黙が重いと感じるのは初めてのことだった。何分、いや、何秒たっただろうか。監督が口を開くまで、時間が止まっているのかとさえ思った。
「男の餌となる少年だ」
「少年?少女ではなく?」
「ああ、少年だ。男の吸血鬼の餌を少年にすることによって、より吸血鬼という存在がいかに人間にとって妖艶なものかを演出する」
幽には経験のないことではあるが、確かに、人間というのは容姿に流される部分があるとおもう。仮に餌が異性であれば、吸血鬼の美貌によってほだされかねない。
なるほど。まるで縺れた糸が綺麗にばらされたように腑に落ちた。
「そこで、私がその少年に求めているのが平凡な容姿と、機敏な気持ちを表現できる演技力の持ち主なんだ」
「演技力は分かりましたけど、平凡な容姿って?」
「ああ、それはつりあいで。人外二人に対して、観客は魅力は感じても共感はしない。だから人間代表でどこにでもいそうな、普通の人間がいることで観客をひきずりこむ。もちろん平凡であるがゆえの違和感は感じさせないように仕上げるけどね」
でも両方を持ち合わせている人なんてなかなかいなくてねと弱々しく笑う監督はすでに何百もの俳優をみたのだろう。しかし、幽の中では先程からたった一人だけがその役を演じることができると告げていた。あの人なら、自分が憧れ、この道を選ぶ切っ掛けとなったあの人ならきっと。
「1人、心当たりがあります」
そう告げたのは作品のためだったのか、自分のためだったのかはわからない。監督の望む答えであれば、自分は憧れの人と仕事ができるなどと浅ましい欲だったのかもしれない。
「本当かい!?出演してもらうかは見てみないとわからないけど、名前を教えてくれないか!藁にもすがる思いなんだ!!」
必死に頼み込む相手を前に、親しい間柄でも気付くか微妙なくらい微かな笑みがこぼれた。
「彼の名前は…」
こんなパラレルが!みたい!ってなって勢いで書いたネタ掌編
2015/02/08