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お巡りさんとピザ屋の少年

職業警察官なんて言うと大体のやつはすごいなんてバカ丸出しの反応をしてくれるが、警察なんてよっぽど志が高いやつじゃなきゃなるもんじゃない。HLで警部補の地位についているダニエル・ロウはそう考えている。

事件が起これば家に帰ることさえできなければ日々凄惨な現場にいることで精神を病むやつだっているし、ダニエルみたいな生え抜き刑事は能無しだろうがキャリア出身の年下のお偉いさんに顎で使われるような生活だ。HLにおいては人の出入りが外より激しく、より過酷な労働環境になっている。

ダニエルは独り身であるから家庭を省みることなく仕事にうちこめているが、家庭をもつ同僚のなんと不憫なことか。ただでさえ気を張り詰める必要のある仕事なのに、同時に家庭のことも気を遣う。疲れて家に帰っても家族サービスをしなければ喧嘩の元となる。私と仕事、どっちが大切なのよ!相手にそう言われて結局離婚した夫婦も少なくないと聞いている。
街を守る崇高な警察官のなんと不憫なことか。だからこそダニエルは昔馴染みに可哀想だと言われようとも、上からパートナーを打診されようとも、何ら独り身であることを気にすることはなかった。
ただ1つだけ、羨ましいと思うこともあるけれど。

***

ダニエルが家に帰る頃には辺りはもう静まり返っていた。静寂が包む街の中でダニエルの持つビニール袋はその存在を主張する。こんな時間になっちまうなんてなと独りごちるが、ここ数日は署に泊まり込んでいたことを考えると、家に帰れただけでも御の字かもしれない。
家に入るとポツンと置かれたダイニングテーブルに袋を置いて、コートをベッド脇に脱ぎ捨てる。もはや寝るだけの場所と化したこの部屋はベッド以外に大した家具もなく閑散としているが、脱ぎ捨てられたままになっている衣類や流し脇のコンビニ弁当の容器が生活感を生み出していた。
クローゼットから適当にルームウェアを引っ張り出して堅苦しいジャケットから着替えたところでようやく一息ついたダニエルはダイニングテーブルに腰を落ち着けた。

ガサガサと音を立ててビニール袋から取り出されたのはコンビニで購入したサンドイッチとミネラルウォーター。こんな時間に家で自炊をするわけもなく、かといって空腹を訴える身体を騙し続けることもできないと帰り道に購入したものだ。時間が時間だから大したものも買えずパサついたサンドイッチを齧りながらダニエルは思う。誰かと一緒になりたいとは思わないが、家に帰ると暖かい食事が迎えてくれることだけは所帯持ちが羨ましい。
決してそんな素晴らしいばかりではないことも、もちろん知っている。こんな時間に帰ってくればよくて自分で温め直し、悪ければ食事の準備なんてものはないだろう。それでも男の独り暮らしに比べればその食生活は段違いだ。最後の一口を放り込んで口に残った欠片を水で流し込むと、机の上に残ったゴミが目に入って虚しくなってくる。

明日もまた仕事なのだから、バカなことを考えてないでさっさと寝るに限る。しょうもないことを考えていた頭をかくと、先程までの羨望は机の上のゴミとともに投げ捨ててしまった。



***



「いらっしゃいませー」

自動扉をくぐると客の出入りを知らせる音が響き、店員が気の抜けた出迎えの声をかけてくる。

今日は日が沈みきる前に署を出ることができたが、毎日がお祭り騒ぎのようなHLで平穏無事に仕事を終えられるはずもなく朝から今まで散々働かされた。街外れで殺し合いが起きたという通報にかけつければ、ガラドナ合意違反の通報を受けた飲食店の視察、それが終われば今度は近くの通りで強盗事件。大小様々な事件はあるが警部補という役職上、現場に顔を出さずにはいかず街の中を無駄に移動させられた。
それだけならいざしらず、市民のために身を粉にして働いているのにその当人たる市民には無能だと罵られた。警察は警察で最善を尽くそうとしているが、異界の存在の圧倒的な力を前にすれば人間などちっぽけなものでしかなく、無能と言われても仕方ない。感謝されるためにこの職に就いたわけではないけれど、こうも報われないと自分のやっていることがむなしくなることだってあるのだ。

そんなこんなで仕事を終えたのは夕刻で、この時間ならば近所のスーパーも開いているが、自分で食事を用意する気にもならず買ってかえればいいかと流されてしまう。そうしてやってきたのが帰り道に存在するドギモピザだった。デリバリーもしてくれるチェーン店のため宅配で頼むこともあるが、どうせ前を通るのだしと直接店に足を運ぶことも少なくはない。今日は早い段階で思い立っていたため予め注文は済んでいて後は受け取るだけだ、時間もかからないだろう。カウンターに立っていた人類に声をかける。

「さっき電話したダニエル・ロウだ」
「少々お待ちください」

店員がバックヤードに下がって幾分もしないうちにピザのはいった箱を手に帰ってきた。

「こちらでお間違いございませんか」

上蓋を開いて中身を確認させる。なんともマニュアル通りの接客だと思うがたかだかチェーン店でそんなことを思うのもけったいな客だ。合っているのを確認すると言われるままにお金を払って商品を受け取ると少年はにこりと笑ってみせる。

「いつもありがとうございます、お仕事お疲れ様です」

はて、たしかによくこの店を利用するがレジに立っている少年と面識はあっただろうか。思い出せずにうやむやな返事を返してしまったが考えても記憶の中に当てはまるものはなく、注文の時の電話番号かなにかで購入履歴などが表示されたのだろうと自己完結する。
しかし言われなれないお疲れ様は、見知らぬ少年から言われるとこそばゆいくらいには嬉しかった。何も知らずに無能だと罵るやつもいれば、何も知らなくてもいたわってくれるやつもいる。こうして面と向かって告げられると荒んだ心に染み入るようだった。名札をみるとレオナルド・ウォッチと記されている。ダニエルはこんなやつもいるのだという思いとともに胸のうちに少年の名を刻んだ。



***



それまで行きつけの店でもよっぽどでない限り店員など気にもならなかったが、ドギモにくると自然とあの少年を探すようになった。あまりレジカウンターで見かけることはなく、バックヤードにいるのをチラリとみかけるくらいで、むしろ街中でデリバリーのために原付に乗っているのを見かけることの方が多いように思う。どのくらいかというとHLは狭くもないというのにあんまり働いているところを目撃するため少年の勤労時間が心配になるほどだった。
たまに店先で会うとレオナルドがお疲れ様ですと律儀に声をかけてくれるものだから、気恥ずかしくなってピザが食べたいのにドギモを避けることさえある。それでも作るのは面倒くさくなるとファストフード頼みになってしまい、立地の便からドギモに通っているうちにレオナルドとも顔見知りのようになってきた。とはいえ、お互い顔を合わせると挨拶くらいで、客としてはフランクに話せる程のものだが。

そんな日々が数か月経った頃、ぱったりとレオナルドの姿を見なくなった。初めの頃は最近見てないなと思うくらいだったが、3週間も見なくなると流石におかしいと感じた。見なくなる直前には一方的な遭遇も含めると週に3回は見ていたのだから。タイミングが合わないだけではとも思うが、これまで街中でも見たというのにそれすらもなくなってしまったことからバイトをしていない可能性が高い。バイトをやめたのだろうか。それだけならばいいが、しばらく大規模な事件が続いていたからどれかに巻き込まれて命を落とした可能性もある。どう見ても弱そうな人間だったからそれもありえるだろう。しかしこの何が起こるか分からない街で人が死んでいくのなんていちいち構っていられるはずもなく、すぐに考えを頭から振り払う。あの笑顔が見れなくなったと思うと少しばかり胸が痛むが見ないふりをした。

それからまた2ヶ月ほどしてからのことだ、ダニエルは事件現場に呼び出され街に繰り出していた。異常が日常のこの街は相変わらず騒々しくて、警察はいつだって対応に追われている。忙しい日々に揉まれるうちに、挨拶をするだけの仲だった少年のことなどもう思い出すこともなくなっていた。
ダニエルはあらかた事件解決の目処が立つと後処理は部下に任せて直帰することにした。今日のメシは何にするかと考えていると視界の端でドギモのデリバリー用バイクが通り過ぎていき、無性にピザが食べたい気分になる。そういや最近食べてなかったな。一度気になり始めると途端に口がドギモのチーズを求め始めて、もう抗えそうもない。ダニエルの夕食は決まった。

ポーンと人の出入りを知らせる自動扉のセンサーが鳴り響く。店員のいらっしゃいませという声をききながら通いなれたドギモの店内に足を踏み入れると、カウンターの中には数か月ぶりにみるレオナルド・ウォッチの姿があった。向こうもこちらに気が付いたようで、どうもと会釈をしてくれる。

「今日は何にしますか」
「とりあえずチーズが食いたい」
「あー、ドギモのチーズ評判いいっスよね。ならこのチーズミックスとか」
「いやでもガッツリ食いたい気もするんだよな」

久しぶりに会ったというのにそんなことを思わせない会話に不思議な気分になる。他に客がいないのをいいことにあれにするかこれにするかと悩んでいたが、なんだかピンとくるものがない。どうすっかなあとそろそろ本気で面倒になってきたところでレオナルドが口を挟む。

「結構来てますし、もうどれも飽きてるんじゃないですか」
「そんな通ってねえよ」
「俺ここんとこバイト入ってなかったから最近のことは分かんないですけど、前はよく見ましたから。常連さんでしょう?」

ことりと首を傾けて聞いてくる仕草がただでさえ幼いレオナルドを一層幼く見せる。
確かに常連なのは違いないが、別に通っているというほどではない。と思う。ピザばかりでは流石に飽きるし、そこまで頻度は高くない。

「お前見かけないと思ったら働いてなかったのか」
「え?ああ、はい」

それよりも気になったのはバイトに入ってなかったという言葉だ。姿を見ないと思ったら所用でしばらく休みをもらっている時に事件に巻き込まれて入院して、気が付いたら最終出勤から数か月経っていたらしい。事件に巻き込まれて死んだかもしれないというダニエルの考えは遠からず当たっていたようだ。詳しい話は聞かなかったが、事件に巻き込まれることが少なくないようで、あっけらかんとした様子だった。

「お前、怖くないのか。肝座ってんな」
「そんなことないですよ!どんどん休みが伸びるから、いつ首切られるか冷や汗ものでしたし」

まあこの店が残ってくれてたのも奇跡みたいなもんですけどね。笑えないジョークを口にしながらレオナルドは笑ってみせる。言いたかったのはそういうことではないのだが、まあいい。怯えて暮らしたところで生存率が上がるわけではないのだから、これぐらい強かじゃないとこの街ではやっていけないだろう。

「まー俺のそんな話はいいんですよ。何にします?」

はっとしたように話を切り上げメニュー表を差し出すレオナルドは決まり悪そうな顔をしていた。こちらから話を振ったのだから気にしなくてもいいのだが、よく知りもしない客にする話でもないと思ったのだろう。もうピザなどなんでも良くなっていたダニエルが適当にオススメされているものを選ぶと手際よく会計を済ませる。
出来上がるまでちょっと待っててくださいと言うとレオナルドは奥に引っ込んでしまった。ダニエルはすることもなく、店内に置かれた椅子に腰かけてピザが焼きあがるのを待つ。
少しすると自動ドアが開いて他の客がやってきた。慌ただしく裏からパタパタと駆けてきたレオナルドは客の対応をしている。予約していた商品の受け取りだったらしく、商品を手渡すとありがとうございましたといつもの笑顔で客を送り出す。

手持無沙汰にぼんやりとカウンターを眺めていると頭に浮かぶのはレオナルドのことで。挨拶は交わしてきたが、ちゃんと話したのは初めてかもしれないレオナルドは思ったよりしっかりしている印象を受けた。事件に巻き込まれてケガをするのには慣れているようで、この街の危険さに怯えている様子はない。それからただの客に対しても声をかけるあたり人がいいのだろう。笑顔も接客業によくある嘘くさいものではなく、自然なものだ。いっそ騙されやすそうだとも思う。
この街で長生きしそうにねえなあとぼんやり考えているところでお待たせしましたと声をかけられた。

「お疲れですね、お仕事忙しいんですか」
「いや、ちょっと考え事してただけだ」
「ならいいんスけど」

そういいながら差し出されたピザを受け取る。思考に耽っていただけだというのに心配されてしまったようでなんだかバツが悪い。

「お兄さん疲れてる様に見えるんで、しっかり休んでくださいね」
「ダニエル。ダニエル・ロウだ」

自分がレオナルドなんて内心名前で呼んでいるものだから、他人行儀に呼ばれるのがなんだか嫌で、気が付いたら名を口にしていた。
突然のことできょとんとしているレオナルドも何を言われたのか気が付くと表情を崩す。

「俺、レオナルド・ウォッチって言います。またのお越しをお待ちしてますね、ダニエルさん」

なんかあれ、外食中食の多いダニエルがバイト戦士レオナルドと出会って恋に落ちる少女漫画を目指したかった話
ダニレオは少女漫画のような王道シチュが似合うのでは?検証
2015/10/05