レオナルドは最近バイト終わりの夜半によく隣人と顔を合わせる。鞄も持たずにふらりと帰ってくる彼は仕事を終えたところのようにも散歩に出ていたようにも見えない、謎の存在だ。
アパートの一番奥の角部屋に住む彼は、長い前髪に加えて野暮ったい眼鏡をしているせいで顔の上半分は隠されており、素顔をみたことはない。前髪からはみ出して左頬に傷跡が見えているが、それを気にしているのだろうか。服装も楽さ重視なのかスウェットにパーカーという、どこかに出かけるにはあまりにラフすぎる姿だ。いつ見かけてもこんな風な野暮ったい格好をしているものだから見た目には頓着がないのかとおもいきや、よく見るとパーカーはレオナルドには手が出ないようなハイブランドだったりするのだから、この隣人の謎は増すばかりだった。
そもそもレオナルドからしてみれば、そんなハイブランドを手にする人間がこのアパートに住んでいるのが不可解だ。レオナルドが住んでいるアパートは築数十年を迎える安さだけが売りで、部屋の質はおろか、交通の便もイマイチという訳あり物件だった。レオナルドは雑誌記者を目指して都心に出てきたはいいものの、企業と雇用契約を結ぶには至らずフリーの記者見習いのまま。記事を書くだけではやっていけずバイトをかけ持ちすることでようやっと生活費を稼いでいるレオナルドからすれば相応なアパートかもしれないが、ハイブランドの服をファストファッションのように着る人が住むところではない。まあ、服自体に何かしらのこだわりがあるのかもしれないのだけれど。
掴みどころのない隣人をぼんやりと見つめていると、ぱっと視線が合ったため軽く挨拶をする。すると呟くようにどうも、とだけ返される。これもいつものことだった。お隣さんはシャイなのか、単に人と関わるのが面倒なのか、必要以上に喋ることがない。
それゆえそれ以上のやりとりもなく、お隣さんはレオナルドから視線を逸らして歩みを進める。レオナルドは隣に並ぶのも変な気がして少しの距離を置いてそのあとに続いた。その背を眺めながら、ものは悪くなさそうなのにな、とおせっかいなことを考えた。パーカーのだぼつきようからして体は細いのだろうと推測されるが軟弱さは感じない。見た目の野暮ったさばかりが目に付くが、背筋はピンと伸びており、綺麗な立ち姿をしている。手足もすらりと長く、同じ歩調で歩いているはずなのに、少しずつ二人の距離は開いていく。それだけでレオナルドからしてみれば羨望の的なのに、お隣さんはそれに加えて所作がとんでもなく美しかった。レオナルドが見るのなんて精精エントランスから部屋に入るまでの僅かな時間でしかないのだが、鍵を取り出す、歩く、扉を開く、ただそれだけで目を惹く動作は、まるで自分とは別世界の住人であるように感じられた。歳はレオナルドより上だろうから、その違いもあるのかもしれないと考えたこともあるが、いつか自分があんな風になっているところが想像出来なかった。
それでも悪い人ではなさそうだし、なんだかこうも頻繁に顔を合わせ続けたためにお隣さんは気になる存在になってしまっていた。ちぐはぐさの見え隠れするお隣さんと、いつか打ち解ける日がくればいい。そんなレオナルドの願いが叶う日は、思っていたより早く訪れることとなる。
***
その日は散々な1日だった。バイトは給料日前にクビになり、帰り道でカツアゲにあい、サイフは奪われ、終いには知り合いに泣きつかれて街を走り回った。帰路につこうと思えば原付がエンストを起こしてしまって足がなくなる。泣きっ面に蜂とはまさにこのことだという程の不運のオンパレード。仕方なく原付を引きながら重い足を引き摺るように歩いていると、遠目に人影がみえた。
柄の悪い人間であればまた絡まれるかもしれないと足を止めて目を凝らす。歩道に設けられた街並みを見下ろせる休息スペースには一人分しか姿が見えない。暗くて良く見えないが、前のめりに手摺に寄りかかって街並みを眺めるのはスウェットにパーカーを合わせたくせ毛の男。もしかしてと近づいてみると、やはりお隣さんだった。
アパートの外で見かけるなんて珍しいと、半分興味本位で距離を詰める。もう半分はささくれだった心を誰でもいいから他人と過ごすことで癒したかったのかもしれない。
原付を傍に置いて、人一人分のスペースを開けて隣に立つ。お互い話しかけるわけでもなく、ただ二人並んで目の前に広がる街のネオンを見つめていた。
ふいにお隣さんはどんな思いでこの景色を見つめているのか気になって視線を横にやると、相変わらず野暮ったい前髪に隠れて表情は窺えない。けれど少しだけ、落ち込んでいるようにみえた。それがなんだか気になってじっと見つめていると、その視線に気が付いたのかお隣さんはこちらに顔を向ける。
「何か、僕の顔についてる?」
それは初めて挨拶以外でレオナルドにかけられた言葉だった。いつもは呟くようにしか声を出さないために気が付かなかったが、甘いテノールは耳に心地いい。
「どうかした?」
お隣さんの新しい発見に思わず思考に耽ってしまっていたら呼び戻された。慌てて返事をするが正直に言っていいのか分からず口篭る。
「不躾にすみません。何かあるわけじゃないんです。ただ、あの、」
「ただ?」
こちらからは見えていないのに彼の目がじっとこちらを見据えているようで、落ち着かない。
「落ち込んでいるように、見えて」
よく知らない相手にこんなことを言われたら気を悪くするだろうか。途端に不安になったレオナルドは手摺に添えた手に力をこめた。
「落ち込んでる、か。そうなのかもしれないな」
自嘲するようにポツリと呟くと、お隣さんはまた前を向いてしまう。気を悪くしたようではなかったが、これ以上は聞いてくれるなとばかりに黙り込んでしまったため、レオナルドにはどうすることもできない。
話題はないが、このまま立ち去るのも気が引けて、レオナルドもまた街並みを見つめる。夜半に道端で男ふたりがならんで星も見えない夜空の下、街のネオンを見下ろすだなんて傍から見たら異様な光景だ。それでも今はこれくらいの距離が丁度いいのかもしれなかった。
「少年は、こんな時間まで何を?」
突然話し始めるものだから、自分が話しかけられているのだと気づくのが少し遅れた。
「少年って僕のことですか」
「他に誰が?」
「これでも成人してるんですけど」
「ああ、それはすまなかった。それで?」
悪びれる様子もなく淡々と話を進めるお隣さんの意図は読めないが、別に隠すようなことでもないためレオナルドは素直に答える。
「バイトですよ」
「そうか、大変だな」
「まあ働かないと生活できないんで」
「それもそうか」
ぽつりぽつりと交わされる会話は当たり障りのないことで、二人の距離がそのまま表れているようだ。
「本当はバイトなんかじゃなく、ちゃんと会社に入れればいいんですけど」
だからかもしれない。普段なら言わない弱音が出てしまう。
どれだけ売り込みをしても出版社との契約には漕ぎ着けず、フリーターのような日々を過ごすうちに顔を出した鬱屈とした感情。吐き出せるような知り合いもこの街にはなく、それは日に日に溜まるばかりで。その上バイトをかけ持ちしても、仕送りを続けていれば生活していくので精一杯。それでも一度家を出た以上親に頼ることもしたくない。がむしゃらに日々を送ってきたがいいことはあるどころか、今日みたいに不幸は連鎖するように容赦なく遅いかかってくる。レオナルドはもう疲れきっていた。
こうして弱りきっていたところに適当に話を聞き流してくれそうな相手がいることで気が緩んでしまったに違いない。
「すみません、なんか変な事言って」
「いいや、構わない」
重くなってしまった心を振り払うように明るく務めようと顔を上げると、お隣さんも顔を上げてこちらをじっとみていた。しかしさっきまでのこちらを追及するような澱んだ視線とは違って、暖かさを感じる。この人には話してもいいのかもしれないなんて勝手なことが脳裏によぎって、言葉が口から滑り出てくる。
この街に来た理由。記者として雇ってもらえずバイトで食いつないでいること。カツアゲにあったこと。なにも面白いことはないのに、お隣さんはたまに相槌を打ちながら話を聞いてくれた。別に慰められたいわけじゃなかったから、お隣さんのその距離感は有難かった。
「すみません、なんか一方的な愚痴に付き合ってもらっちゃって」
一通り胸に積もったものを吐き出し終える頃にはモヤモヤしていた心の内が軽くなっていた。
「少年の気が晴れたのならよかった」
目元こそ見えないが薄く微笑を浮かべた口元に、改めてお隣さんのもったいなさを感じながら照れくささを隠すために顔を逸らした。
***
その日から、お隣さんと出会った時には二言三言交わすようになった。エントランスから部屋の前につくまでの少しの間のことだから、大して中身はないのだけれど。それでも少しずつ打ち解けていく距離感が嬉しくて、バイト帰りにお隣さんと会えるのが楽しみになっていた。
「本当、少年はよく働くよなあ」
「まあ働かないと食べていけないんで」
「それにしたってよくやってると思うよ。僕にはもうそんな働き方無理だと思うんだよね、歳だよなあ」
褒められている様子にくすぐったさもあるが、それ以上に最後に独り言のように呟かれたお隣さんの言葉が疑わしくて避難の声がでる。
「疑ってるな?これでももう三十はとうに過ぎてるからね、気を抜くとすぐにダメになる」
手をポケットに突っ込んだまま肩を竦めてみせるお隣さんはティーンのような瑞々しさはないものの、そこいらの大人の男に比べると身も引き締まっているように見える。
「そういうもんすか」
「そういうもんだよ」
流石に歳を重ねて分かることはレオナルドには口を挟む余地はない。ちょうど部屋の前にたどり着いてしまったため、キリも良くて話はそこで終わってしまう。じゃあまた。そして今日も彼の姿は隣の部屋に吸い込まれていく。
***
「確かに受け取ったよ」
この日レオナルドは世話になっている雑誌の編集部に記事を渡すため、出版社を訪れていた。この編集部は会社と契約こそしていないが定期的に記事の依頼もくれる記者のレオナルドにとってはありがたい存在だ。記事の受け渡しがフェイストゥフェイスなのは顔の見えないやりとりが嫌いだという編集長の方針らしい。 この電子機器が主流の世界でわざわざ、と思わなくもないが、この編集長の人情味溢れる感じがレオナルドは嫌いではなかった。
「ところで君に仕事を依頼したいんだが」
記事も渡して、さあこれで終わりだという段階になって編集長は言いにくそうに口を開く。まだ正式に雇われているわけでもない、駆け出しの記者としては仕事の依頼は願ってもないことだ。だというのに編集長の渋るような口調が気になった。
「やばい案件なんですか?」
「いや、そんなことはない。モデルへのインタビュー記事を一本だ。別の雑誌の特集なんだが、君と面識のある私から伝えてほしいと頼まれてね」
「ううん、インタビューなんてやったことがないのでご期待に添えるかどうか......」
「それは勿論分かってるいるから安心してくれ。でもインタビュアーが君なら、と先方から指定があってね。うちとしてはどうしても取りたい仕事だから受けてほしい」
「はあ、それがなんだって僕に」
「聞きたいのはこっちだよ。君、天下のスカーフェイスと何か関係あるの?」
「えっ、そのモデルってスカーフェイスなんですか?!」
モデルへのインタビュアーとしての指名と聞いて怪訝な顔をしていたが、そのモデルの名前を聞いてレオナルドは眼を見開かんばかりに驚愕してみせた。
スカーフェイス。その名の通り顔に傷をもった男性モデルは今一番売れていると言っても過言ではないトップモデルだ。
真っ先に目が行くのは左頬の大きな傷だが、よくよく見れば甘い相貌と手足の長い抜群のスタイルに目を奪われる。やもすれば同性からやっかみを受けそうなものだが、人はあまりにかけ離れた存在には嫉妬心すら浮かばないらしい。そんな彼の特徴的な顔の傷も陰を感じさせるアクセントとなって彼の魅力を引き立てていた。
しかし彼はポートレート以外では滅多に仕事を受けないことでも有名であり、彼の私生活は謎に包まれていた。スカーフェイスというのも彼が現れた時に名前が分からずファンが勝手につけたあだ名だったにも関わらず、今となっては公式名となっている。仕事を共にした業界人に話を聞いても、悪いやつではないがよく分からないというのが定番で、ファンに言わせればそのミステリアスさが堪らないのだという。
レオナルドにとってはスカーフェイスは雲の上の存在にすぎなかった。街に出れば存在を捉えない日の方が少ないが、体型も、纏う雰囲気も自分とは違いすぎて参考にもなりやしないし、広告塔を務めるブランドはハイブランドが多く手を出すことすらままならない。そんな別世界の住人と接点などあるはずがなかった。自分は記者としての名前を記されない小さな記事しか書いたことのない、しがない記者見習いだ。だからこそ、そんなトップモデルのインタビュアーとして指名される理由がさっぱりわからなかった。
「なんで僕なんですか...」
「俺が知るはずないだろ。とにかく、滅多にメディアにでないスカーフェイスのインタビューを掲載できるとなれば売上はとんでもないことになるってんで、うちとしては断る理由がない。受けてくれるよな?」
前のめりになりながらにこにこと満面の笑みを浮かべる編集長を前に、レオナルドは冷や汗が止まらなかった。突然舞い込んだ大きすぎる仕事はヘタをすればこの先の記者としての人生を全てつぶしてしまうものだ。いくら顔なじみの編集長がインタビュアーの経験がないと知っていたとしても、仕事をするうえで見習いもプロも関係ない。記事の注目度、出版社からの期待、トップモデルに相対する度胸、その重圧のすべてに自分は耐えきれるのか。分からなくなったレオナルドは即決することができずに重い口を開いた。
「ちょっと考えさせてくださ」
「受けてくれるよな?」
「いやあの」
「な?」
「......ハイ」
有無を言わさない圧力に負けて頷いてしまった。一度頷いてしまった以上撤回できるはずもなく、この仕事は決まったようなものだ。この先の事を思ってがくりと肩を落とす。
「それじゃ詳しいことはこれに書いてるから、よろしく頼む」
対照的に生き生きとしだした編集長は封筒を取りだすとレオナルドに差し出す。力なく受け取ると、たかだか書類が数枚入っているだけの封筒がやけに重たかった。
***
「本日インタビューをさせていただくレオナルド・ウォッチです。よろしくお願いします」
「スティーブン・A・スターフェイズだ。今日はよろしく」
にこやかな笑みと共にすっと手を差しのべられた手をとると、スカーフェイスはより笑みを深める。
ついにこの日が来てしまった。内心冷や汗の止まらないレオナルドはできるだけ緊張を悟られないように努めるが、うまくいきそうになかった。
今日のインタビューはスカーフェイスの素顔に迫る、と題したもので、ピンナップもラフなものを使うらしい。そのため目の前の男はイエロー地にチェック柄の入ったスラックスにシンプルなネイビーのタートルネックを合わせただけのラフな格好をしている。だというのにどこかの宣伝かのようにとんでもなく様になっていて、顔面格差というのを思い知らされるようだった。今日はモデルへのインタビューということもあり、レオナルドも着慣れたトレーナーではなく、スラックスにタートルネック、その上にジャケットを合わせてできるだけカジュアルにまとめられていた。同じような服装に思わず眉を潜めてしまったのも仕方がない。目の前の男が着ると洗練されたファッションに見えるのに、レオナルドが着れば背伸びをしている駆け出しの社会人にしか見えないだろう。
顔を上げなければ合わない視線にも内心歯がみしながら、せっかくの機会なのだからとまじまじと顔を見つめる。間近にみるとやはり顔立ちは整っているが写真で見るような怜悧さよりも柔らかい雰囲気が目に付く。もしかしたら意外とこの人、人なつっこいのかな、なんて気がゆるみそうになるが天下のトップモデルに失礼なことはできまいと思いなおし顔は引きつっていく。
「ああ、そんなに緊張しなくてもいいよ。インタビューの内容も堅いものじゃないし、気楽にやろう」
緊張に固まっているのがバレてしまったようで、インタビュー相手に気を使われてしまった。申し訳なさやら、記者としての未熟さやらで凹みそうになるが、今はそれどころではないと奮起して、顔を上げる。
「はは、お気遣いありがとうございます。それじゃあ一応今回のテーマと質問内容の確認だけしてインタビューに入りますね」
繋いでいた手を解いて、用意されていたソファを勧める。スカーフェイスが腰を下ろしたのを確認してから自分も座ると鞄から仕事道具一式を引っ張り出す。
「今回はスカーフェイスさんの素顔に迫るってことで、話せる範囲で構わないのでオフの話をいただければと思ってます」
予め編集部から用意されていた質問も見せながら確認していく。ちゃんと内容は伝わっていたようで、スカーフェイスも相槌を打つだけで特に問題はなさそうだった。
「それではインタビューに入ります」
「ああ、その前に」
一通り確認を終えて、いざインタビューに入ろうと記録用のボイスレコーダーに手を伸ばしたところでストップがかけられる。はて、何かあっただろうかと首をかしげてスカーフェイスの顔をのぞき込む。
「その、スカーフェイスって呼び方やめないかい?」
「ええと、でもスカーフェイスで通ってますよね?」
「そうだけどさ、直接話す相手にそう呼ばれるのはちょっとね」
眉尻を下げながら笑うスカーフェイスに、そういうものなのかと折り合いをつけたレオナルドは分かりましたと告げる。確かにスカーフェイスという呼び名は特徴を表した俗称にすぎず、顔の傷を気にしているのならば呼ばれるのには抵抗があってもおかしくない。挨拶した時にも初めからスカーフェイスとは名乗らなかったし、知られていないだけで、業界では普通に名前を使っているのかもしれない。
「それではスターフェイズさんと」
「スティーブン、でも構わないよ」
「流石にそれは......」
ここでのことを知られるはずもないが、そんな軽口をきけばファンに殺されそうだと断りを入れる。残念と肩を竦めてみせるスティーブンがどこまで本気なのか分からなかった。それでもこうしてスティーブンの方から冗談交じりに話をしてくれるおかげで、レオナルドはすっかり緊張が解れていた。その鮮やかな手腕は記者としてぜひ教授いただきたいものだが、今は目の前の仕事をやりとげなければ。レオナルドは気を引き締め直してボイスレコーダーに手を伸ばす。
「それではスターフェイズさん、インタビューに入っても?」
「ああ、構わないとも」
それが合図であったかのように、レコーダーはレオナルドの手の中でカチリと音を立てた。
***
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうものだ。無機質なアラームが音を立てて、インタビューの時間も終わりが近づいていることを知らせる。
初めのうちこそ緊張して形式的に質問を投げかけるだけになってしまったが、スティーブンの巧みな話術にのせられ普通に会話を楽しむようになっていき、最後にはレオナルドはインタビュアーだというのにただ合いの手を打つばかりだった。それほどまでにスティーブンの話は興味深く、また話し方もうまかった。
芸能雑誌のインタビューなんて他に経験はなくこれでいいのかと不安にもなるが、予め編集部から渡されていた質問項目は全て触れているため問題はないだろう。質問漏れの無いよう手元に用意した書類をざっと見返して確認する。大丈夫そうだとわかると、無難にインタビューを切り上げたレオナルドは確認用のボイスレコーダーを停止させて手早く荷物をまとめる。
「今日は本当にありがとうございました。初めてのインタビューでどうなるかと思いましたが、スターフェイズさんのお陰でなんとか記事になりそうです」
「いや、こちらこそ今日はありがとう。楽しい時間だったよ」
「もったいないお言葉です」
何をしたわけでもないペーペーの記者であるレオナルドを持ち上げてくれるスティーブンに、中身までこうもスマートなのかと舌を巻く。見た目だけでも随分とたくさんのファンがいるというのに、メディアへの露出が増えれば更に人気が出るのは容易に想像ができた。
更にスター街道を駆け上がっていくであろうトップモデルに芸能が専門でもないレオナルドが会える機会などもう二度とない。そう思って目に焼き付けるようにスティーブンを見つめる。
「ところでレオナルド、この後の君の予定は?」
「はい?」
「僕はこれで今日の仕事は終わりでね。よかったら送っていこう。そうだ途中で食事も一緒にどうだい?」
「スターフェイズさん?」
「おや、何か用事でも?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど」
どうやらこれで終わりではないらしい。しかしフリーの見習い記者がトップモデルを足にするだなんて考えただけでも後が怖い。意外と人なつっこいのかも、とは思ったが、この人初対面の相手にそこまでするのかと驚きが隠せない。
「遠回りだとご迷惑になりますし、」
あわあわと断る理由を探すが、目の前の男は楽しそうに気にしなくていいのに呆れた顔だ。
「同じ方向なんだから、素直に甘えとけばいいんだよ」
「えっ、住んでるところ言いましたっけ」
スティーブンの言葉にレオナルドは驚く。この短い時間しか話していないはずなのに、なぜこの男は自分の住まいをさも知っているかのように話すのだろうか。もしかして緊張で所々記憶が飛んでいるのでは、とか、インタビュアーの個人情報まで調べられているのかとか、様々な予想が浮かんでは否定されていく。
「もしかして、とは思ってたけど、本当に気づいてないんだな」
あまりのフル回転に脳が熱を持ち始めた頃、スティーブンはそんなレオナルドの姿を見て苦笑を零す。
なんのことだ。さっぱり付いていけてないレオナルドを置き去りにして、スティーブンは整えられた髪を手でくしゃりと崩すと、撫で上げられた前髪を下ろしてみせた。ワックスのせいで固さをもった髪は束をつくり前髪にするには少しばかり不自然だったが、手で梳くとそれなりに見れるものになる。普段は上げているせいで気が付きにくいが前髪はそれなりに長いようで、いざ下ろすと目元が隠れてしまう。そして特徴的な傷も大半が髪で隠れてしまって下の方が見え隠れするだけだった。
この風貌はとても既視感がある。そう、野暮ったい眼鏡こそないものの、これはまるで。
「お、...お隣さん?」
「ああ、やっと気がついた」
ぱっと表情を明るくしたスティーブンは前髪を雑にかき上げる。それすらも様になっていて、流石はトップモデルと感心する。だからこそ余計に理解が追いつかなかった。目の前のトップモデルと、いつも目にする野暮ったいお隣さんが同一人物。そんなことってあるのか。
目を白黒させるレオナルドを置き去りに、スティーブンは楽しそうに笑みを浮かべながら手を差し伸べてくる。
「改めてまして、スティーブン・A・スターフェイズだ。よろしく、お隣さん」
タイトルがすべてのパロディ
2015/11/09