「好きです」
するりと口から溢れた言葉に自分でもはっとする。慌てて口を押えるが、既に音になってしまったものは自分ではどうすることもできず、目の前の彼が聞こえていないのを願うばかりだ。恐る恐る顔を覗くと、視線が合う。その表情はいつもと変わらず、何を思っているのか読み取れない。何も返してくれない相手に何を言えばいいのか分からずお互いじっと見つめ合っていると、ダニエルは「そうか」と頷く。聞かれていたにも関わらずあまりに素っ気無い反応で、レオナルドは拍子抜けしてしまった。もしかしたら友愛や親愛ととられたのかもしれない。それはとても悲しいことだけれど、彼との距離が変わってしまうよりよほど良かった。チクリと痛んだ気がする胸の内から目を逸らして、踵を返したダニエルの背を追う。
「待ってくださいよ」
数歩先を進む男はいつもより足早で、レオナルドは小走りになって追いかけているというのになかなか距離は縮まらない。むっとして駆けだそうとしたところで目の前の男は突然つんのめる。別段足場が悪いわけでもないのに珍しいと思ってその場から動けず眺めていると、ダニエルはしっかり歩いているように見えるが、そこかしこに体をぶつけ、何もないところで躓いていた。
もしかして。突然の異常なまでの不注意に浮かれそうになるが、まだそうと決まった訳では無い。緩みそうになる口角をきゅっと引き締め、都合の良いようにとらえようとする思考を振り払うと、どんどん開いていく彼との距離を詰めるべくレオナルドは地面を蹴った。距離が近づく間にも壁を這う排水管やゴミ箱にぶつかっては、地面の段差に躓くダニエルを危なっかしく思いながら見守っていると、男のすぐ正面に通りに出ている店の看板があることに気が付いた。
危ない、そう口にしようとする前に大きな音が辺りに響く。あまりに音の大きさになんだなんだとそこかしこから顔を出す住人や通行人達の視界には、地面に倒れた看板と、それにのしかかるように倒れ込んだトレンチコートの男の姿。
「大丈夫ですかダニエルさん!」
ぴくりとも動かないダニエルに慌てて駆け寄って手を延ばすと、その手が触れる前にスイッチが入ったように突然がばりと跳び起きた。無事か。なんだ生きてたのか。好き勝手囃し立てる周囲の声も張本人には聞こえていないのか、眉間に皺を寄せたまま宙を睨み付けている。
ざわつく野次馬の視線がいたたまれなくなって、レオナルドは看板に乗り上げたままのダニエルの腕をつかむと「お騒がせしました」と言い残してその場を抜け出す。横目でダニエルの無事を確認すると、それほど大きなケガはないようだが顔を片手で覆っていて何かを唸っているようだった。
あなたは『「好き」って言ってみたら「うん」って頷くだけで特に反応ないな、って思ったら歩き出した途端壁にぶつかったり躓いたりしだした』壱李のダニエルのことを妄想してみてください。
https://shindanmaker.com/450823
2016/01/05 twitterにて初出
2016/02/28 再録