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幸福の引金をひいた

 スティーブンが持ち出してきたプラネタリウムは家庭用にしてはしっかりしていて、この広いリビングは宇宙に溶け込んだようにあちらこちらで星々が瞬いている。いったい星空を見たのは何時ぶりだろうか。霧に包まれたこの街では星空を見ることは叶わず久しく見ていなかった光景だ。レオナルドには星のことなんてさっぱり分からないけれど、故郷で見た夜空を思い出して、それだけで堪らない気持ちになる。
 プラネタリウムをつけた時こそ、その美しさに言葉が尽きなかったが、しばらくすればそれもなくなり、今はふたり、ソファに並んで頭上を仰いでいる。
 何をするでもなく、ただ並んで星を眺めているだけだというのにこのまま時が過ぎればいいのにとさえ思う。

 どれだけ時間がたったのだろうか。とても長い時間を過ごした気もするし、たった数分なのかもしれない。ソファに投げ出した手に何かが触れたと思えば、それは探るようにレオナルドの手に絡みつく。
「君に触れたときにさ、幸福の引金をひいたんだよ」
 スティーブンはぽつりと言葉を零す。突然、何を言い出したのか。レオナルドには理解ができなかった。返事が返ってこないのをいいことに、独白のようにスティーブンは語り始める。
「俺は一人でもやっていけると思ってたんだ。むしろ、誰かと生涯を共にするなんて考えもしなかった。大切なものを増やせば刃が鈍ってしまうと思ってた」
 脈絡のない独り語りはレオナルドには理解できない。けれども理解してほしいというわけでも、返事を返して欲しいというわけでもない、その口調に口を挟むこともできず、レオナルドはただ耳を傾ける。
「でも、もうひとりじゃ瞬けないなあ」
 言葉を紡ぐスティーブンの瞳はプラネタリウムで創りだされた星空を映しているが、もっと遠いところを見つめているのだろう。懐かしむような、憐れむような、慈しむような、色んな感情がごちゃまぜになった優しい瞳はレオナルドを映していない。
「スティーブンさん…?」
 そんなことあるはずないと心の端で言い聞かせるが、スティーブンがどこか遠くへ行ってしまいそうだと不安になった。名を呼ばれたからか、体ごとレオナルドに向き合ったスティーブンは至極穏やかな表情をしている。けれどもそこにはいつものスティーブンがいて、なにより、ようやく彼の瞳に自身が映り込んだことに安堵した。繋いだ手に触れられ、自身が不安に強張っていたことに気が付く。そんなレオナルドの不安を溶かすように、スティーブンは口付けの雨を降らせる。まるで慈しむように、触れるだけのそれは、レオナルドの肌をくすぐる。
 髪に、額に、瞼に、手首に、手の甲にと口付けていたスティーブンは一度顔をあげると考えこむように動きを止める。時間にしてみればほんの数瞬。気恥ずかしさに身を固くしているレオナルドが声をかける暇もなく優しく微笑むと、そっとレオナルドの左手を持ち上げ薬指の付け根にキスを落とす。様になるなあ、なんて見入っていると小さく音を立てて唇が離れる。顔を上げたスティーブンは、少しだけ緊張した面持ちをしていた。
「ずっと隣にいるから」
 ずっと、隣に。スティーブンに触れている掌から伝わってくるように、じわりと身体に熱が広がる。手を取り、永遠の愛を誓うふたり。それじゃまるで、プロポーズじゃないですか。頭の中では場を濁そうとする言葉が顔を出すが、唇は震えるばかりで何も音にならない。証人もいない、指輪もない。それこそただの口約束だというのに、レオナルドを浸食する多幸感は内から溢れだして、緩む表情筋を抑えるのもやっとのことだ。ぐっと口を引き締めてスティーブンに向き直る。
「離れたいって言われても、離れてやりませんから」
 添えられていた手に力をこめると、スティーブンはパチパチと目を瞬いて、破顔する。敵わないなあと眉尻を下げて笑うスティーブンが愛おしい。ずっと、なんてこのハチャメチャな街でいつまで続くのかは分からないけれど、レオナルドだって同じ思いなのだ。
 頭上に広がる星空を見上げると、ほんの少し位置を変えた星たちは変わらずふたりの上で瞬いている。そっとスティーブンに体を預けると暖かなぬくもりが伝わってくる。寄り添いあうふたりを、部屋を満たす星空が見守っていた。

綺麗な星空の下、大切そうにキスをされ、はっきりと「ずっと隣にいるから」と言われて、悔しいことに嬉しくなってしまう壱李のスティレオ
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嵌る切っ掛けの一つになったアーティストの一曲をテーマに。
2016/03/07 twiiterにて初出
2015/04/06