「リョーマさん、お客さんですよー」
新年早々、俺にお客さん?
寝正月を決め込んでいるリョーマはベッドから起き上がることもせず考える。
いくら練習の厳しい青学とはいえ、三が日の間は部活も休みだし、その間誰かと会う約束もしていない。何も予定はなかったはずだ。
いやしかし、賑やかな先輩たちのことだから、いきなり押し掛けてくることも考えられる。
大石以外は内部進学のため、受験生だからと必死に机にかじりつく必要もないのだ。
初詣だろうか、新年会だろうか。何にせよ、寝て過ごすと決めた予定は破棄しなければいけないようだ。
痺れを切らしたのか、まだ寝ていると思われたのか。再度かけられた呼び声に腹をくくり、ベッドから抜け出す。
その際同じく布団に潜り込んでいたカルピンから布団を剥ぎ取ったのはただの八つ当たりだ。
不満げににゃあと鳴き声を上げていたが少しぐらい許してもらいたい。
これから自分は否応なしに連れ回されるのだから、それにくらべればなんてことはないだろう。
温もりの残った布団に未練を残しつつ、パジャマから着替えもせず部屋から出る。
扉を開けると廊下から冷たい空気が流れ込んできた。
いくら屋内とはいえ、暖めた部屋とは違い廊下は冷え込んでいる。
分かっていたとはいえ、突然の寒さに身体は素直なもので、ぶるりと震えた。
せっかくゆっくりできると思ったのに。
不満を抱えたまま階下に下りると、玄関からおせーよと声がかけられる。
予想していた先輩たちではない、でも聞き慣れた声。
しかしその声の持ち主とは、つい先日、自分の誕生日を祝うために会って、そのまま次の約束はしていないはずで。
年末年始は家の都合で忙しくなるから会えそうにない。落ち着いたら連絡する。
そう、言っていたのに。
寒さに縮こまり足元を見つめていた視線を上げると、そこにいたのは想像していた通りの人物――自分の恋人である、跡部景吾がいた。
「なんで、あんたがここにいんの」
「あーん?開口一番にそれか。挨拶もなしとはいい度胸じゃねえの」
「忙しいんじゃなかったの」
聞けよといさめる声も耳に入らず、なんで、どうして、と頭の中はクエスチョンマークで埋め尽くされる。
「まあいいや。ここ寒いし、とりあえず上がれば」
考えても分かるまい、そう結論付け家に上がるよう勧める。
長々と玄関で話し込むわけにもいかない。
「いや、あんまり時間がねえからここでいい」
跡部が言うには、いくつかの新年会の合間を縫って訪れていて今も外で車を待たせているらしい。
「時間がないほど忙しいならわざわざ来なくてもいいじゃん。ていうか俺が寒いから、ここで話すならなるべく早く済ませてほしいんだけど」
「そんな薄着で出てくるからだろ」
「まさか玄関で話し込むとは思わなかったんだよ」
「それにしてもお前はもう少し体調管理に気を配れ」
そういう跡部は元より上がるつもりはなかったのだろう。
玄関とはいえ屋内にも関わらずロングコートを羽織ったままで、手には手袋も着けている。
対してリョーマはすぐに着替えるだろうと思い、パジャマのままで上着も羽織っていない。
このまま長く話し込んでしまえば風邪をひく。
「で、結局何しに来たの」
「お前に会いに来たんだよ」
「用事は?」
「それだけだ」
玄関で用事を済ませてしまうほど時間がないのに、わざわざ会いに来た。
しかしその用事は自分に会うこと。
意味が分からない。
顔を歪めてしまったのも仕方がないと思う。
「なんでわざわざ」
思わず口をついた言葉は跡部にとっておもしろくなかったようで眉間にシワがよる。
「かわいくねーな」
「何を今更」
お互いプライドが高いのもあって、初対面の印象は決して良いものとは言い難い。
その後も大会を通じて幾度も顔を合わせたが、今こうして交流が続いていることさえ驚く程度の関わりだった。
というか碌な思い出がなくて、自分たちとしてもどうしてこうなったという感じだ。
だが実際に交流は続いている。
それ故青学テニス部の中でも比較的交流の多い桃城に跡部との繋がりを知られたときは散々詰め寄られた。
桃城を躱したと思ったら引退したはずの先輩たちまで出てくる騒動になるとは誰が想像したものか。
恋人なんて奇妙な関係になったのにはまた色々とあったのだがそれはここでは割愛しておく。
だが嫌々付き合っているというわけでもないし、好き合っているというのも疑いようもない。
長くはない時間の中で取り繕った時間なんてものはなく、跡部もリョーマもお互いの性格は嫌というほど分かっている。
むしろ取り繕う必要が無いからこそ、今でも交流が続いているのかもしれない。
「もう帰るか。もう用は済んだし、お目当てはつれねーし」
そうとも思っていないだろうに残念そうに肩を竦める。
わざとらしい仕草にムッとなるが、じゃあなと背を向ける跡部に思わず手が伸びた。
「ケーゴ」
小さく裾を引きながら名前を呼ぶ。
「なんだよ」
視線がこちらに向いたところで、唇を合わせる。
触れていたのは一瞬のことだった。
離れてから、短すぎたかなと少しばかり思い悩むが、不意を突くことには成功したらしい。
珍しく目を見開いた跡部の姿に内心ほくそ笑む。
「Happy new year!」
流石と言うべきか跡部はすぐさま持ち直し、いつもの不遜な笑みを浮かべる。
するとすっぽりとリョーマを腕の中に収め、お返しとばかりに軽いキスを落としてきた。
「Happy new year,Ryoma.
I wish this year will be the happiest and best for you. 」
あんたもね。
小さく呟いたそれはちゃんと相手に届いたようで、くつりと笑われる。
「俺はお前といれればいいんだよ」
「ふーん。仕方ないから付き合ってあげるよ」
甘えるように顔を胸に埋めて背に手を回す。
コートを着ている分いつもと違って少しゴワゴワしているけれどよく知った跡部の香りにほっとする。
正直に伝える気にはなれないがやっぱり自分はこの人のことが好きだ。
こういう時くらい素直になれよ。やだね。
いつもと変わらない軽口の応酬に、心が温まる。
また1年が始まる。
まっさらな日々を、君と鮮やかな日々に変えていけたら、それはなんて素敵なことだろう。
これから始まる、新たな1年。
君と過ごす、新たな1年。
玄関で!イチャつくな!
13/01/01